しー汰θちゃん、短い小説書いたってヨ
小説『なぜだかは』 しー汰θ
「じゃあ、またね。元気でいてね」
お盆に入ったら私も休みだから、そう言って送り出された。
迎えに来てくれた祖母は曖昧に笑った。
当の私は駅の天井の隅のコガネグモに気を取られていた。
『元気でいてね』
これがきっと、すべてなのだ。
いくら小学生と言えども、高学年にもなって夏休みに家に両親がいないために、祖父母の家にあずけられるのは、きっと私くらい。
理由はある。
私の監視だ。
私は今年の春休みに事件に巻き込まれていたらしい。詳しいことを大人は教えてくれなかった。でも、たしかに、なにかがあったのだ。
あのとき私は、『毎日一回、公園で、君ひとりの力で砂山を作りトンネルを開通させなさい』という司令を受けていた。
司令官は、うさぎの着ぐるみの頭部だけを被ったワイシャツの男。
絶対にアレは人間だった。
アレは、自分のことを、世界の救世主だと言った。
「君に、世界を救うお手伝いをさせてあげるよ」
どうしてお手伝いをしてあげるのは私なのに、アレが偉そうにしているのかがわからなかった。
「ありがとうございます」
結局私は計四回、砂山を作ってトンネルを開通させた。
毎回毎回、前回作ったはずの砂山はあとかたもなく片付けられていて、時間の無駄に感じるけれど、きっとなにかの意味があるのだろうとせっせと手伝いをしたのだった。
ある日、妹は遊びに行ったまま帰ってこなくなった。わたしはその日も手伝いをしていた。
なぜだかはわからない。
教えてくれる人はいない。
☆☆☆
祖母の家にいることは、私にとってかなりの退屈だった。
やることと言えば、学校の宿題か塾の勉強くらい。テレビに興味を持つことはできなくなっていた。
暑い日が続く。
腕の汗で、課題の紙はだんだんと湿ってくる。蝉の声がうるさくて、それなのに私は孤独だった。
「ご本はどうかな」
祖母は言った。
しかし、この家にあるのは絵本か大人向けの文庫ばかりだ。
「うん」
「なんでも見ていいからね」
「ありがとう」
形だけでもと、私は本棚に近寄った。
黄色を中心に、青、緑、赤の背表紙。大きい仕切りの方には私が小さかったころ買ってもらった、やさしい絵本。
その中で、ひとつだけ、漫画が混ざっていた。
いつも日曜日の夕方にアニメをやっている、そのお話の漫画バージョンらしい。第四巻しかなかった。
祖母の家にいる間、私はソレを何度も読み返した。ここにおいて、一番おもしろいものはその漫画だった。
「なにか買ってきてあげようか?」
数日後、祖母はまたわたしに言った。
「大丈夫」
わたしは答えた。
少しの間があいて、また祖母は口を開く。
「お夕飯、さっちゃんの食べたいものにするよ。なにがいいかしら」
「なんでも……」
「お寿司? それとも、エビフライ?」
「エビフライ」
エビフライはおいしかった。ソースをかけずに食べるのがこの家の暗黙のルールらしい。サラダの量は私には多かった。
それらはすべて、やさしさなのだ。
成立していない原因は、わたしにある。
叔父はいつも十一時ごろ帰ってくる。この家は、祖母、祖父、叔父の、三人で住んでいるがきっと、祖父母にとっては二人で住んでいるようなものなのだろう。十一時になっても起きているのは私だけだった。
今日の叔父は一段と、なにを考えているのかわからなかった。それを伝えると、
「さっちゃんには敵わないよ」
って笑った。そんなはずはない。そんなわけがないのだ。だってわたしは、なにも考えていないのだから。
彼はスノードームをくれた。
まだまだ暑い日が続く。
なぜだかはわからなかった。
でも、私は叔父が、親族の中では一番好きだった。
☆☆☆
「外に出たい」
私は祖母に言った。彼女は曖昧に笑った。
「ごめん」
「こちらこそ、ごめんねぇ」
『ねぇ』に無性に腹が立って、でもなにかを言えるわけではない。
祖母は他人だ。
世界には、私と他人しかいなかった。
もうすぐお盆に入る。そしたら家に帰れるのだろう。そのときは、お気に入りの本を読み返して、ピアノに触って、それから、それから、なにをしよう。
お気に入りの本も、ピアノも、離れていても全然平気だった。それらのことを、私は本当に好きだったのだろうか。
お盆はもう一方の祖母の家に行くことになっていた。前々から決まっていたことだったらしい。直前まで知らなかった私は少し不服だった。
従兄弟とも会った。わたしはもらったスノードームをバッグに入れて、それを心の支えにずっと曖昧に笑っていた。
家に帰るころには口の周りの疲労感がすさまじいので、どちらももう行きたくないなと思った。
頭が少し、痛かった。
☆☆☆
夏休みが明けた。
特になにもない夏休みだったので、絵日記には従兄弟と遊んだことを適当に書いた。楽しくはなかったけれど、とても楽しかったことになっている。
わたしの生活は、いままでずっと、こんな感じだ。
数日後、祖母の家で読んだ漫画の作者の訃報があった。
叔父からメールが届いた。どうやら祖母がかなり落ち込んでいるらしい。そんな人がいるなんて、なんて恵まれた漫画家なのだろう。
私が寂しさを感じていることに気付くのには、多少の時間を要した。
「そちらの夜は冷えるでしょうが、心は暖かく」
叔父のメールは、そう結ばれていた。
異常気象により、暑い日が終わる気配はない。
私は叔父が、一番好きだった。
私は途中までやっていたプリントを破り捨て、えんぴつを半分に折った。
お気に入りのえんぴつだった。
叔父に片方を送ってやろうと思う。
なぜだかなんて、簡単だった。
あとがき
お風呂で思い立って大体二時間半くらいで書きました。すみません。2300字くらいです。でも、とてもたのしく書けました。ありがとうございます。
さくらももこ先生の作品が大好きです。とくに花輪くん。かわいいですよね。
御冥福をお祈りいたします。